そもそもSNSって便利なものなのかな

 前述のように、僕は知人ネットワークは分散しているもの――しかも積極的に分散すべきものであって、一元管理すべきだともしたいとも思ったことありませんでした。
 なので、
でも結局、SNSでどんな機能よりも「最大のコンテンツ」であるところの「知人ネットワーク」を他サービスに移せないので、他のSNSにどんな面白い機能があっても、結局Mixiに回帰してしまう。
http://kokogiko.net/m/archives/001589.html

というここギコさんの意見は目から鱗でした。
 SNSの最大のコンテンツは「知人ネットワーク」だってことをすっかり失念してましたから。言われてみればSNSは「友人のネットワークが可視化できる」というのが当初の売りでしたね。

 とはいえ、mixiをやってる方々を見ると「知人ネットワーク」が「最大のコンテンツ」になっているような気が全然しなくて、それよりも(擬似的な)閉鎖性こそがウリになっているような感じがしているのです。「知人ネットワーク」によるアクセス制限すら活用している様子があまりないというか。
(僕はmixiの熱心なユーザーじゃないし興味ももはやなくなったので、これが正しい分析かは分かりませんけれど)

 「閉鎖性」が売りになるのは分かるんですよ。なんの区切りもない広大な空間にいると居心地が悪いのと同じで、インターネットにも仕切りが欲しい――そう感じている人にとっては、それが擬似的なものであっても「区切りとしてのmixi」は居心地が良かったんじゃないかと。
(特定の「場所」が確保できたわけだし)

 ――というのが「今」mixiが流行っている理由だと感じています。
 だから
SNSも同じようにシステム境界がなしにSNSと同じ事ができるインフラが整えば、それに押し流されていくのではと考えています。

という気はあんまりしないんですね。

 そもそもシステム境界があろうがなかろうがSNSという仕組みに魅力を感じないので、「システム境界があろうがなかろうが廃れるんじゃねーの?」というのが僕の意見。もちろん今後便利な使い方を知って「これからはSNSだ!」とか言い出すかもしれませんが(笑)、現状だとオープンだろうがクローズドだろうが魅力を感じないのです。

 オープンかクローズかは関係ないという意味ではパソコン通信が廃れた理由も同様で、
パソコン通信も個々が独立したシステム境界を持ちそこでコミュニケーションが寸断されていたために、インターネットという境界のないでっかいパソコン通信のようなものに押し流されたのではないかと思っています。

――ということはなくて、「CUIなパソコン通信=MS-DOS」 から「GUIなWWW=Windows」に移行したとか、「パソコンを買うと最初からWWWを使うのに便利なツールがバンドルされていた」とか、「常時接続が安い」とか、そういった環境的なことや利便性の違いによって廃れたんだと思います。
 だからもしパソコン通信が相互接続していてオープンだったとしても、やっぱりWWWが普及してパソ通は廃れていたでしょう。

 そんなわけで、SNSの利便性が示されればオープンだろうがクローズドだろうが利用され続けるだろうし、示されなければ一過性の流行りとして廃れていくんじゃないかな、というのが僕の意見です。

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