愚にも付かないことをあーだこーだと考えて、

機会があればそれを伝えようとするのが「オタク」なんじゃないかと、今更ながら思ったり。
 だからやってることは一緒でも、(世間的に)役に立つ(と思われる)ことをあーだこーだ考えて伝える人は「オタク」だとは見なされないし、オタクの考えてることが「役に立つ」と(世間に)見なされればオタクとは思われなくなる(かもしれない)。

 ――というのが個人的に腑に落ちたオタクの定義なのですが、それはそれとして、世間から見た「オタク」とオタクから見た「オタク」の定義に齟齬があるおかげで、相変わらず微妙に話が食い違うのはなんとかならないかと思った。
 世間的な「オタク」は主に「オタク的趣味をもっている人」の総称であって、昔の人々――例えば中島梓とか岡田斗司夫とか大塚英志とか――が語っていたような「オタク」とはちょっと意味合いが違う。
 オタク的趣味――漫画やアニメやゲームやその他諸々の主に子供向けのものを趣味としているからといって、それが(オタクが言うところの)「オタク」とは限らない。
 もっとも世間的にも正しく「オタク」と呼ぶこともあって、「あの人は○○オタクだから」と言うときはおそらくその人は、その○○についてあーだこーだひたすら考えてる人だろう。

 そんなわけでオタクは(世間的に役に立つと思われている)経済とか資本主義とはあんまり仲がよろしくない。ゆえに経済とか資本主義に迎合している(と見なされる)オタクはオタクに嫌われがちだったりする。
 まあだから「電車男」に素直に関心していたような人はまず間違いなくオタクじゃない。オタクな人は本能的にうさん臭さを感じてたし、それへの回答としてオタク側からは「電波男」が出されたりするわけだ。

 ところがここ最近はオタク的趣味を普通の人が嗜むようになってきた。おかげで商売っ気バリバリなモノ――例えば「萌え」として括られるような様々な商材が巷に溢れてもちゃんと売れるようになってしまった。一昔前ならオタクに速攻でそっぽを向かれて売れなくなってしまっていたものが、今ではオタク以外のお客様が買ってくれるのだ。


(じゃあ「萌え」はキャズムを越えたの? ――に続く、かもしれない)


追記:
 あ、なんでオタクが経済とか資本主義と仲が良くないのかすっぽり抜けてるね……。
 おかげで「そんなわけ」がどういうわけか分からないじゃんよ。

この記事へのコメント

2005年06月17日 14:22
オタクとかマニアとか、世間一般では差別的用語のようにも思えますが、よくよく考えると、電車オタクだった人の運転する電車に日々乗っていて、半導体オタクだった人の開発した電気製品を日々利用して、殆ど多くの人がその恩恵にあずかっている状態だと思う。
コンピュータオタクが存在しなかったら、各種シュミレーションの高速化などによる恩恵(薬剤や発電などなど・・・)が受けられなかったともいえる。
そういった意味では、オタクとかマニアと言う言葉はむしろ賞賛の言葉として用いるべきではないかと個人的には思います。

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