「社会における職業選択と自己アイデンティティの確立の問題」について

社会における職業選択と自己アイデンティティの確立の問題」について
広義の勉強能力は、『“正しい知識”として提示される“記述されたテキスト”を理解・記憶し、再生・応用する能力』であるが
とあるけど、それはいくら何でも違うと思う。それは「試験」対策なのであって、「勉強」ではないんじゃないかな。

 言葉の意味が変わったのかと思って辞書を引いてみたけど、やっぱり上記のような意味ではなかったしね。
 「学問すること」「技芸を学ぶこと」が勉強の本質であって、「知識を暗記して再生する」のはそのオマケに過ぎないと思うのですよ。

 あ、そうだ。
 「勉強能力」「学習能力」だけで分類してるのが悪くて、他にも「学問能力」「技芸能力」があるよ、って言ったほうがいいのかな。
 僕的には勉強=学問なのですが、どうも世の中違うらしいので。学問のことも忘れないであげてください(笑)。


■追記
 読み返してみるとなんだか言葉がキツイですね。すみません>Motomatsuさん
(いつものことではありますが、あんまりいいことではないよなぁ。気をつけないと……)

 それはそれとして。
 僕は「学習」と「勉強」の違いを、「受動」と「能動」の違いのように感じています。
 「動物が学習する」とか「かな漢字変換の学習機能」はいかにも受動的ですし、「試験勉強」や、あるいは学問や技芸を学ぶことは、能動的な活動だと思いますから。

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    Excerpt: 徳保隆生さんの『梅田望夫さんが見ている、どこか遠い世界』と『勉強のできない人から職を奪う生き方の提案』という記事を読んで、勉強能力と学習能力の現代における意義や対人スキルの必要性を考え、職業生活と自己.. Weblog: カウンセリング・ルーム:Es Discovery racked: 2005-06-30 23:10