わはは、キーワードが全部分かるぞ。

 まあ、同世代だから仕方ないですが。
http://blog.japan.cnet.com/kenn/archives/002028.html
 ちなみに僕はPC-8001mkII→PC-8801mkIISRでした。友達はみんなPC-6001mkIIとかPC-6601とかのPC-6000シリーズだったので、ソフトが借りれずに悔しい思いをした記憶があります。

本書には、当時ベーマガの投稿で常連だった憧れのスタープログラマーBug太郎さんや芸夢狂人さん、NECでPC-6001を世に送り出した生みの親である尾崎孝之さん・松田博利さん、PC-8001の生みの親である渡邊和也さん、「テグザー」の上坂哲さん、こうしたぼくのヒーローたちへのインタビューがたっぷり掲載されています。
 芸夢狂人さんってベーマガ(電波新聞社)じゃなくて工学社(「I/O」とか「PIO」とか)だったような。違ったっけ。
 ベーマガと言えば森巧尚さんを思い出すのですが、インタビューはなかったりするのですかね。だとしたらちょっと残念。

 あとは
ログインや月刊アスキーや月刊I/Oやポプコムやコンプティークをむさぼるようにして読み、プログラムリストを打ち込みまくっていました。
ってあるけど、「コンプティーク」にはリストは載ってなかったような。
 あと、これだけ雑誌が並んでるのに「テクノポリス」がないのは悲しい(苦笑)。

算数ではまだ習っていないため「絶対値」の意味すらわからないのに、なぜか排他的論理和やビットシフトや補数は知っているという変な小学生だったと思います。
 ああ、そういや小学校の時に「sinとかcosってなんですか?」って先生に聞いた記憶があるなぁ。

そして、自作ソフトを投稿してはじめてベーマガに名前が載った(「投稿ありがとうコーナー」でしたが)のは1985年12月号(当時10歳)でした。
 やっぱりアクティブな人は小さい頃からアクティブなんでしょうかね。
 僕は――あ、高校の頃に「PCマガジン」(ラッセル社)にちょっと載ったことがあるか。あの時のあれは応募したのを全部載せてたみたいだけど。





C9はRET

この記事へのコメント

kenn
2005年03月18日 14:21
浅倉さんも同じタコツボでしたか。(笑)
嬉しいですねぇ。異機種オーナーは、お互いに
隣の芝生が青く見えるようで、私は80系のソフトが
羨ましかったものです。
コンプティークはTRPGにハマったきっかけですが、
テクノポリス方面(笑)には行かなかったなぁ。

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